婚活してたら100万円の学校に入学させられそうになった話
ハーイ、婚活中のみんなも、そうじゃないみんなも、ごきげんよう。鉄子よ。
アタシは独身で、結婚を考えるような相手もいないんだけれども、とりあえず今の所、婚活はしていない。
でもこんなアタシにも婚活をしていた時期があったの。
ある婚活アプリで知り合った男の人と食事をしたりしていたわ。
なんで辞めたかというと、ネットで出会った男性たちを信用することができず、疲弊してしまったから。
その中でも一番強烈だった男の話をするわね。
その男の名前はタクヤ(仮名)。
ネットの出会いなので、それが本名かどうかはわからない。
多分偽名なんじゃないかしら。
タクヤは歳下の男性で、旅行が好きとかで、大して話が盛り上がった訳でもなかったが、会おうと誘われたので、せっかくだしとりあえず会ってみることにしたの。
タクヤはごく平凡な男だったわ。
ぼんやりと眠たそうな目つきをしていて、待ち合わせ場所に到着すると、オススメのカフェがあるんです、と言われ、二人で商業施設の中にあるカフェに向かった。
タクヤは自分の飲み物だけ注文すると、さっさと席に着いた。
(何飲むかくらい普通聞いたりしない……?)
アタシは戸惑いながらも自分の飲み物を注文し、タクヤの向かい側に座ったわ。
タクヤは趣味の旅行の話をし出したが、アタシは特に旅行好きという訳でもなく、
そんなに盛り上がらないままに会話は進んでいったのね。
「鉄子さん、仕事に何か悩みがあるんじゃないですか?」
特に盛り上がらない会話の流れで、タクヤがアタシにそう聞いたわ。
仕事に悩みがない人間なんていないと思うから、アタシは当たり障りのない程度に今の悩みを答えた。
するとタクヤは急に生き生きと語り出したの。
「僕も同じように昔仕事に悩んでいたんです。でも、お客さんのなかにすごい方がいて。その人が色々教えてくれるうちに、僕、とうとう会社で賞を取れるまでになったんです」
田中さんというらしいその「すごい方」がいかにすごいか語る時のタクヤの表情は今までと打って変わって生き生きとしていたわ。
その人の半生を自分の趣味よりもスラスラと流暢に喋っていた。
その半生があまりにドラマチックだったため、アタシはつい引き込まれた。
「鉄子さん、田中さんに会ってみませんか?田中さんは趣味でいろんな人に会って、キャリアについてアドバイスをしたりしてるんです。田中さんもきっと鉄子さんに興味を持つと思います」
思えばこの時アタシはおかしいと思うべきだったのだ。
婚活に男に会いに来て、その男に別の男を紹介されるなんて。
見知らぬ女にキャリアのアドバイスをして、その男になんのメリットがあるというのか?
疑問に思うべきだったのだ。
けれどアタシはタクヤが田中さんについて語る時のキラキラした表情につい頷いてしまった。
ドラマチックな半生を送ったすごい人である田中さんが、一体どんな人なのか見てみたい気持ちもあった。
そして約束当日。
アタシはタクヤとともに、田中さんが経営している会社が入っているというオフィスビルを訪れていた。
すぐに会議室のような所に通されて、噂の田中さんがやってきた。
田中さんはなかなか男前だった。アタシと同い年と聞いていたが、意志の強そうな目をしていて、なんというか成功者っぽいオーラがあった。
田中さんはデスクに腰掛けるとパソコンに向かい、アタシに色々質問し始めた。
今までどんな人生を送って、今どんな仕事をしていて、何に悩んでいるのか。
どんな風になりたいのか。
アタシはそんな突っ込んだ質問する?と戸惑いながらも精一杯答えた。
するとどうなったかって?
徹底的に否定された。
「あなたは素直じゃない」
「あなたは自分を頭がいいと思っているけど、全然そんなことない」
「あなたは頑固だ」
「あなたは傲慢だ」
「あなたみたいな人は職場で嫌われる」
「あなたが仕事ができないのは、あなたの話を聞いていればよくわかる」
etc……
アタシはここまでひどいことを言われるとは思わず、ただただ呆然と田中さんの話を聞いていた。
言っている事は正しい部分もあったが、ここまでひどいことを言われるとなんと返していいか分からなかった。
「普通ここまで言われたら、みんな自分の至らなさに気づいて、泣き出してしまうものだけど、あなたはそれすらないんだね。あなたは相当やばい。僕は2000人くらいの人をみてきたけど、泣かなかったのはあなたとあと一人だけだよ。あなたはどっか人間的に欠陥がある。自己愛性人格障害なんじゃない?」
アタシは生まれて初めてそんなことを言われたので、とうとう泣いてしまった。
「でも、そんなやばいあなたでも、変わる方法がある」
「なんですか、アタシどうすれば変われるんですか、田中さん!」
アタシはすっかり田中さんのペースに乗せられていた。
自分は2000人に一人のやばいやつで、今変わらなきゃ一生うだつの上がらない人生だという気になっていた。
「今日はもう遅いから、続きはまた今度。それまでに宿題を出すからやってきてね」
気がつけば夜の12時近くになっていた。夜ご飯も食べずにぶっ通しで話していたので、フラフラしながら帰って、その日は疲れ切って化粧も落とさず寝てしまった。
宿題は毎日田中さんのブログの指定された記事を読んでその感想を送るというものだった。
アタシは文章を書くのはそんなに苦手じゃなかったので、それなりに楽しんでやった。
次の週の土曜日、アタシは婚活でタクヤとは別の男と会っていた。
その男は最初とあるカフェを待ち合わせ場所に指定していたが、そこが混んでいたらしく、別のカフェに変えようとLINEを送ってきた。
アタシがカフェに向かうと男はすでにドリンクを片手に席に座っていた。
アタシもドリンクを注文して、男の向かい側に座った。
男は何か会社を経営してるとかで、仕事をとても楽しんでいる風だった。
自分が今どんなことをやっているのかを見せてくれた。
「鉄子さん、何か仕事に悩みとかない?」
アタシは田中さんに言われたことを思い出して少し暗い気持ちになった。
アタシは如何しようも無いダメなやつなんだ、こんな風に取り繕っても、それが相手に伝わっているのかも。
「ええと、まあ、普通に」
アタシはありきたりな悩みを語った。そんなに深刻でない風を装って。
「俺の知り合いにね、面白い奴がいるんだ」
心臓が早鐘をうつ。あれ、このパターン、どこかで……。
「そいつは子供のころサッカーやっててさ」
男は「面白い奴」の半生をスラスラと語り出した。
それは明らかに田中さんの半生だった。
アタシは興味深そうな顔をして話を聞いたが、内心は心臓が爆発しそうだった。
こいつらはなんなんだ?
婚活サイトで客を探しているのか?
アタシはこれから何を売りつけられるんだろう?
「……すごい方なんですね。面白そうです」
「ねえ、鉄子さん、そいつに会ってみない?」
「あのっ!」
アタシは走り出したくてたまらなかった。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
「アタシっ!これから用事があって!色々お話聞けて楽しかったです!では!」
では、のあたりからアタシは走り出していた。
一刻も早くここから逃げ出したかったし、この男に帰り道をつけられたらと思うと恐ろしかった。
田中さんへの疑いが晴れないまま、アタシは田中さんの出した宿題を日々こなした。
田中さんからはまだ何か商品を勧められた訳ではない。
怖い気持ちでいっぱいだったが、尻尾を掴んでやりたいという好奇心もあった。
そして次の約束の日。
アタシは田中さんのオフィスにノコノコと現れていた。
「よく来たね、感想、読ませてもらったよ」
田中さんは話が異様にうまい。
強弱をつけて演説のように話す。
「どうやったら変われるのか」について田中さんは語った。
人はホメオスタシス(恒常性)というものがあって、快適領域のなかに収まりたがる。新しいことを始めようと思っても続かないのはホメオスタシスのせいで、変わるためには、変わるための仕組みに強制的に飛び込むことが一番だ。
とかなんとか。
田中さんが今のようになったのはすごい師匠に出会って色々教わったからだという。
その師匠というのは東京の大手企業でいろんな問題を解決してきた人で、その人にかかればどんな問題も解決してしまうのだという。
そして、その師匠が学費100万円のスクールを開いているのだと言う。
問題解決能力。
それさえあれば、今いる会社の問題を解決することができ、会社での評価はうなぎのぼり、給料も上がり、会社で優遇されたポストにつくことができる。
このスクールに入ってしっかり言われたことをやれば問題解決能力が身につき結果が出せる人間になる。
アタシはダメ人間だからもしこのスクールに入らなかったら今まで通りうだつの上がらない人生だろう。
よく、「家族に相談してもいいですか?」って聞かれるが、この話は誰にも言ってはいけない。家族に相談したら「ホメオスタシス」で反対されるに決まっている。
田中さんの話はそんな感じだった。
アタシは田中さんへの疑いを感じながらも、その異様な説得力と迫力を前に魅了されていた。
この人についていけばアタシは変われるかもしれない。
そんな風に思い始めていた。
田中さんはアタシに今どれくらいお金があるのかを聞いた。
アタシはバカみたいに今の貯金額や給料を答えていた。
思えば洗脳されかかっていたのだと思う。
密室に閉じ込められて、空腹の中何時間も徹底的に否定され、疲弊させられる。
周囲から孤立した状況で考えることを強制する。
田中さんは、アタシにこう提案した。
「ローンを組もう」
アタシは一気に現実に引き戻された。
この人、アタシに今借金しろって言わなかった!?
そして田中さんは銀行のローンのサイトを開き、色々説明した。
毎月一定額の返済だからそんなに大変じゃない。
人からお金を借りることで少しでも早く必要なものが手に入る。
これは時間を買うのと同じことだ。
アタシはそこで目が覚めた。冗談じゃない。
なんでこんな怪しいスクールに100万円も払わなきゃいけないのか?
変われるって保証もないのに?
しかも、婚活サイトで客探ししてない?
悪質だ。
「あの、アタシ、少し気になってることがあって」
「なんですか」
「アタシ、タクヤさんとは婚活サイトで出会ったんですけど」
「……タクヤ、そうなの?」
「え?ええ、まあ、はい」
「先週、別の方ともお会いして。その方も田中さんのお話をされていて。それでなんと言うか、不信感が……婚活サイトで、客探しをしているんじゃないかって」
田中さんは笑い出した。
「あいつ婚活とかやってんの?マジウケルー!」
そしてこの間会った男にLINEをし出した。
「そんなわけで、俺は二人が婚活サイトやってたことなんて知りませんでしたよ。それに、きっかけが婚活サイトだったらなんだって言うんですか?そんなのどうでもよくないですか」
アタシは閉口した。
時間はまたも12時を回っていた。
「あの、今日はもう帰らせてください。いつも寝ている時間なので、眠くて仕方がなくて。こんなに大事なこと、こんな状態で決められません」
家に帰って、タクヤにLINEした。
「やっぱりアタシには無理です。ごめんなさい。田中さんにも申し訳ありませんとお伝えください」
その言葉を最後に、タクヤをブロックする。
婚活サイトのタクヤのアカウントはいつの間にか消えていた。
多分退会したのではなくブロックされたのだと思う。
退会とブロックが区別できない仕様のサイトだったから。
今彼らが何をしているのか、アタシは知らない。
今もまだ婚活に焦っているアタシみたいな女を口車にのせて学校に入らせようとしているのかもしれない。
この間、街でタクヤらしき人を見かけた。
こちらに気づいて一瞥したが、さっさとどこかへ行ってしまった。
相変わらず平凡な容姿をしていた。
おしまい。